初等学部の理事長で、幼稚園の園長でもある港先生の熱い想い

2002年8月の記事一覧

腹に据えかねて

 国家の基本となるのは、第一に教育であります。第二に教育であります。そして第三に教育であります。こんなことは「米百表」の話を聞かなくても国民の多くが承知している。ゆとり教育といって学校5日制にし、教科書の内容も難しいところは省いたようだ。円周率も3.14から3になり、日本の近代文学の礎となった森鴎外も夏目漱石も教科書から消えた。それでなくとも学力の低下を懸念されていたものだから国中の学者や保護者から批判を浴びると、子供だましのように少しばかり教科書をいじったようだ。教育日数が減りそのフォロウはどうするのかというような率直な疑問に、塾にも頑張ってもらうというようなことを言っていた文部科学省の役人もいた。当時文部省自らの教育の放棄だと騒然となったが、すぐに言を撤回したので事なきを得たが、日本の教育行政の骨のなさには開いた口がふさがらない。もっとも学校5日制は日本の教育形態を日本独自に研究して、そのほうが子ども達のためにベストなのだという結果ではなく、働く側(教師)の労働時間の問題から出てきたものだから、後になって教育的考察を入れたってすぐに見破られてしまう。他の公務員と同じにするなら何故特別職なのか、かすかな疑問を感じる。
 宮沢賢治が花巻の片田舎の学校で初めて教壇に立ったとき、彼は子ども達に三つの約束をした。一つ目は「私は一生懸命教えますから,皆さんも一生懸命やってください」。二つ目は「教科書は開けないで下さい。それから私のしゃべる言葉はノートにとらないで下さい。なぜならばしゃべっている言葉は消えてしまいます。あなたがノートにとっている次の言葉を、どうやってあなたの体の中に入れるのですか。だからノートはとらないで下さい。必要ならばあとで私が書きます。だから全身全霊で私の授業を聞いてください。それと同時に私も皆さんの発言を全身で聞きます」。三つ目は「あなた方が分かるまで私は教えます。だからわからなかったらわかるまで質問してください。わかるまで努力してください。皆さん方がわからなければ、前に進みません。皆さんがわかってから進みます。これが私からあなた方へ対する三つ目の約束です」といって授業を始められたそうだ(教育評論家 阿部進)。何ともウットリする話ではないか。
 「今日は何ページから始めます」とか「よく聞いてよくメモしてください」というのとは違う。何よりもこの時代は「三歩下がって師の影を踏まず」と言ってたくらい教師の社会的地位は高かったし、親も子どもも教えていただくというありがたさを教師に対して持っていた。そんな時代であったにもかかわらず、教える側も教えられる側も平等で,人間と人間との胸を突き合わせる真剣勝負であることと、宮沢賢治の博愛的な温かい人間性を強くを感じる。
 私は何度か教師批判をしているが、何も公立の小中学校の教師全員を批判しているわけではない。宮沢賢治のように子ども達に忠実で、一生懸命教えている教師の存在も承知している。そういう教師を目立たせない学校の体質に問題があることを指摘したいのである。円満退職したいという小心者の校長は、問題を起こさない保身の術に長け、子ども達の発達の犠牲の上に成り立っていることに気付かない。そのような校長を教頭が後押しし教務主任が支える。そのような学校に通う子ども達は悲惨で虚しい。
 最近の犯罪白書では青少年の犯罪が目立ちその年齢も低年齢化している。社会にも家庭にも地域にも、子ども達を健全に育成する力がないのならば、学校がやらなければならないのは当たり前のことである。家庭の教育力とは主に躾や道徳に関すること。最終的には我が子の責任は親が負うことだが、親が高学歴とは無縁でその力は非常に乏しいことは私も少なからず理解している。だからといって大声でそう叫んでも余り意味はない。今は心有る教師が団結して行動するしか子どもを救う道はないのだ。
 保護者は何でもかんでも教師に責任をなすりつけてはならない。勿論教師側に責任の多くがあるかもしれないが,家庭における教育の非力さは否定しようがない。何でも自分の責任を回避して、他人の責任にして自分を納得させるような低次元な生き方はやめよう。子どもの内面的な発達にマイナスである。
 明治の初期に遠い未来を見つめ、世界に先駆けて公立の学校制をひいた先駆者達は、今日の現実を見て何を思うだろうか。今こそ大胆な改革が必要なのだ。文部科学省にその力がないのなら、あらゆる規制を撤廃し小学校を私学に創りやすいように便宜を図り、熱心な義務教育を実現させることに力を貸してほしいと切に願っている。
 もうひとつ言わなければならないことがある。教科書問題は自国の問題である。中国や韓国が盛んに干渉してくるけれど、他国から執拗に自国の教科書について干渉され、優柔不断な態度でいる国があるだろうか。きっぱりとした態度が必要なのではないだろうか。
 日本の第二次世界大戦についての記述や、韓国併合の記述についてが問題になっている。新羅が百済を滅ぼした時はどうなのか。ジンギスハーンの手先となって漢民族がが博多を攻め入った元寇はどうなのか。村人が一人残らず皆殺しになった島もあった。それはまぎれもなく日本人が殺されたのである。その後秀吉の朝鮮出兵など不幸な関係もあった。韓国人は誇り高い民族であるから、日本に併合されたことがどうしても許せないのだろう。しかし地球上の列強は次々と植民地を拡大し、弱い国は植民地化されたり属国となったのだ。それは世界史にあるようにまぎれもない事実である。戦後処理については、国際法上まったく問題がないのに、何故日本だけが、戦後57年も経て言われ続けなければならないのか。日本の戦後の目覚しい急速な復興に多少の嫉妬があるのかもしれない。
 韓国や中国の社会科の教科書はまだ見たことがないが、見てみたいとも思わないけれども、日本人を鬼畜生のように記述してあると友人から聞いたことがある。私は戦後生まれであるが、戦後57年も経って根深い恨みもいい加減にして欲しいものだ。そうでなければ本当の友人になれないではないか。
 中国の外務大臣をやっている銭キシンとかゆう横柄なおっさんに問うてみたい。アヘン戦争と日中戦争のどこが違うというのだ。あの当時は圧政清朝時代だから英国が中国人民を開放してくれた正しい戦とでも言うのだろうか。戦争という狂気の時代を平和な現在の倫理に照らすと,何もかもが犯罪である。戦争は勝者も敗者もなく、愛するものを失いただ悲しいだけだ。少し暗い本だが、五木寛之の「運命の足音」を読んでほしい。
 中国は謝罪とか戦後補償とか言っているけれども,6兆円を超える補償を引き出し、その上たくみに多額のODAを引き出している。日本からのODAの25パーセントあたる金額を中国は他国に援助している。軍事費はうなぎ昇りである。後進大国中国は巨大な市場を持っているだけで、国際社会では頂き放しで大したことはしていない。精一杯大国風に背伸びしているだけだ。中国の外交は相も変わらず、背広の下に鎧をまとっている恫喝外交で品性に欠ける。中国に国民の税金であるODAは必要ない。馬鹿にされすぎである。日本政府もいいかげんに土下座外交は止めて、勇気をもって真実と正義を貫いてほしいものだ。後ろには国民がついているではないか。
 北朝鮮の日本人拉致問題は犯罪なのだから,これにリンクされる政治的交渉はないことを毅然とすべきである。戦後補償が優先されるべきだなどといっているようだが、犯罪国家が戦後補償だのはチャンチャラおかしい。戦後補償は韓国の間で解決済みである。政府もマスコミも何故そのような解説をしないのか不思議だ。なんでもかんでも穏便に相手の顔色ばかりうかがっていると,日本国民は自虐的になり正義も誇りも失っていく。
 地位も名誉も何もいらない、命がけで国民を守ろうとする政治家や官僚がもう少しいたら、この不景気だって何とかなるはずだ。それよりも何よりも日本人としての誇りを持っていたいのだ。多少食えなくなったって、勇気と誇りだけは失いたくはないと願っているのが日本国民の本心である。
 中国の瀋陽で起きた北朝鮮亡命者の日本領事館突入事件は、生涯忘れることのできない事件である。あの事件も日本人の誇りを粉砕するのに余りある。命がけで亡命を果たそうとしている親子。門の敷戸に手をかけて絶対にこの手を放すものかと歯を食いしばり、中国警察の力任せの暴挙に、結局は力尽き連行されてしまうのだが、その一部始終を見ていた4歳の女の子は、泣きじゃくりながら何を思ったただろうか。人間の尊厳をかけた攻防がそこにあったのに、領事館勤務の日本人は、なすすべもなく中国警察の帽子を拾い上げ、帽子のごみを落としていた。まずは幼児の安全を確保するなどの措置をどうしてとらなかったのだろうか。テレビのある国にはあの映像はすべて流れたそうだ。命がけで人を守ろうとする勇気のない冷たい日本人として流れたのだ。屈辱的な出来事である。

 少し本業に戻った話をしてみたい。青少年の犯罪が増えているということを書いたけれども、幼児期に何らかの虐待を受けていた経験のあるものの犯罪が90パーセントを越していることが明らかになっている。
 虐待というと暴力というようにすぐに結び付けてしまうけれども、実はそんな単純なものではないのです。暴力のようにはっきりと外傷に表れるものと、内面に残る傷のように見えにくいものがあります。暴力による虐待はついには子供を死亡させてしまうこともしばしばで、悲しいことによくニュースで流れてきます。内面への虐待は、子供を非社会的な人間として増長させてしまい、寡黙で陰湿になります。これが非常に見えにくい。たとえば、母親が自分のことばかりに一生懸命で、あまり子供に関心を示さないいわゆるネグレクトも立派な虐待であり、それが子供を虚しくさせていく。幼児期の寂しさは単なる甘えによる寂しさではなく、大きな不安なのであるからそれに対応できなければ、子供の心の深層に入り込みそれがトラウマとなって大人を信頼しなくなり、優しい仲間を求め非行に走る。親子の中では、時にはぶん殴って子どもを諭すこともあるかもしれないが、親の都合でしかったり,ストレス解消のために叱ったりすると、すぐに子どもに見破られてしまい、それが子どもの内面に鬱積する。鬱積したものは必ず暴発する。しかし真に子どもの将来を思い鞭を振るうならば,かえって子どもの内面に善の力として内在するだろう。いずれにしても親がわが子が犯罪を犯すようになったら、末代の恥ぐらいの認識がなければならないのは言うまでもない。
 長時間子供を預かる(預かり保育)と補助金が出るだの、子育て支援といって働いている母親が、安心して仕事ができるような事業を展開すると補助金が出るというような施策を国がやっている。母親が安心して子育てを他人に任せられるというくだりがなんともやるせない。本末転倒な話である。子供にとっては母親の代役などどんな美名のもとにも不要である。0歳から保育所に預けられ、毎日毎時間違う温もりの人に抱かれ、どの温もりが母親だったのか、ついには分からなくなってしまうのだ。これを虐待と言わずに何と言えばよいのだろうか。
 行政は常に子供側から施策を講じたことはないのだから、国の施策が子供にとってベストであるということはない。待機児童ゼロ政策がよい例で、そこに入れずにはみだした子供は幸せである。
 かつてテレビで専業主婦と仕事を持っている母親とのデイペードがあってしばらく見ていたけれどバカバカしくなってチャンネルを変えた。子供にとっては、母親が家にいることが最高の幸福であることは動かしがたい事実であることは疑いがない。にも拘らず自分を肯定するために強弁を弄して、否定されたくない一心の業の深さを感じて、吐き気がしてきたのだ。仕舞いには、その母親の子供にインタビューがあってこういうのだ「私を育てるためにお母さんは働いてくれたのです。とても感謝しています」母親はウルルとなって目にハンカチを当てている光景が映し出されている。安物の茶番である。大好きな母親で私を育ててくれた人にどうして反旗を翻すことができようか。願わくば、もう少しでもいいから私を見ていて欲しかったというのが健全な親子関係である。そして母親は「ごめんね」と子どもに謝ることが大切だ。
 現実にこの社会で保育所を必要としている人がいる限り、保育所は福祉事業として国の責任において継続されるべきものである。しかしなるべくならせめて生後1年ぐらいは自分の手元で育てないと母親にはなれないでしょう。
 最近では政府も公益法人も、その辺にたくさんある団体が男女共同参画社会という言葉を使い出した。もとよりこの繁栄は男女の協力関係にあることを認識しているし賛成である。子育ても女性だけの仕事ではなく、男性ももっと協力すべきである。これにも賛成である。しかしながら私は男女の性差による仕事の分担が公平であり平等であると信じている。父親が懸命になって赤子におっぱいを飲ませようとしたって無理だし、所詮母親の温もりには父親は太刀打ちできない。母親というのは自分の体から子供が生まれてくるので、ごく普通であればその絆は計り知れないようだ。子育てには心配も多いだろうけれども、世界中にあなたしかいない母親を、十分に楽しみながら子育ての素晴らしさに是非気付いて欲しいと思います。子供はやっただけのことは必ず返してくれますからやりがいがあります。我が子の素晴らしさをたくさん発見してください。