初等学部の理事長で、幼稚園の園長でもある港先生の熱い想い

2001年12月の記事一覧

ユダヤ人青年のこと

 9月11日のニューヨーク貿易センタービルへの無差別同時テロという、その規模から言って前代未聞のショッキングな出来事があって、それ以前に起こった様々な出来事の影が薄くなってしまった。
 前代未聞の高支持率を引っさげて誕生した小泉内閣は、国内におけるNO1のニュースに違いなかろうが、それすらも吹き飛ばされてしまった感がする。前代未聞といえば、戦後のこの不景気も仲間にはいれる。何と言っても1929年の世界恐慌と同じような不景気だといっている人がいるくらいだから大変な不況のようだ。とはいえ、そのときの状況を現実の話として語れる人がいないのが信憑性に欠ける。
 テロ以後に皇太子ご夫妻に内親王殿下がご誕生なされたことは、唯一といっても差し支えないくらいのハッピーな出来事ではないだろうか。きっと来年はそのハッピーを引きずって行って良い年になるだろう。そのように考えよう。

 あおば台には実践保育については幼年教育研究所所長の久保田浩先生、理論武装の後ろ盾になっていただいている先生には、現在は東京成徳大学教授の杉原一昭先生がいる。その杉原先生が今年の3月に筑波大学を退官なさって、退官記念?と言っていいのか定かではないけれど2月13日に最終講義があった。私も妻とともに聴講のお許しを得て講堂に参座させていただいた。講堂は超満員で少し遅れてしまった私と妻はどうして良いものかと、しばらくは人と人との隙間から教授の顔を覗いていた。たしかに覗き見をしているような感じだった。前の人が少し動くたびに上下左右に私も体を動かさなければならなかった。こんな思いをするならもっと早く来ていれば良かったと悔やんでいたところに、杉原先生が主管されている幼児心理学研究会の研究生が、目ざとく発見してくれて、隅のほうの席に誘導してくれた。大助かりであった。
 杉原先生との出会い云々は紙面が足りないので後に譲るとして、私は先生の授業が受けたくてニセ学をさせてもらった経験がある。授業が受けたいと思ったのは生涯この一回だけである。しかしこの途方もない図々しさよりも、さすがに私の羞恥心が勝り一日と持たず退散してしまった。やはり大学は合格して行きたいものだ。
 その先生の最終講義のテーマは「生きることと死ぬこと」だった。ある老教授の生き方が題材として取り上げられそれが講義の柱であった。「得ることよりも与えることに人生の価値があるのだ」「老化することを素直に受け入れる。老化は単なる衰弱ではない、一つの成長であると楽しんでいる」何とも含蓄のある言葉である。
 あるユダヤの青年がナチスの憲兵に捕まり、明日にもアウシュビッツに送られガス室に放り込まれてしまうのではないかというその晩に、青年は収容されている場所をこっそりと抜け出し、町の図書館に盗みに入った。そして自分が一番読みたい本を選んで持って帰った。
「生きることと死ぬこと」・・・・しばし唸ってしまった。「あ~あ 何ということだ!」とも叫んでいた。年の瀬になって年初めの頃の話で恐縮していますが、今年一番の、否過去に覚えがないほどの魂を揺さぶられた出来事であった。自分の心臓を握り締め、悔しがっているのか、無性に涙が止まらなかった。人はそれぞれに考え方も感じ方も違うが、私の半生においてこれほど強烈なことはなかった。
 私はただただこのユダヤの青年のことと、杉原教授に感謝がしたくて駄文を労してしまった。何か大きなものを失っていたことに気付いて、大きなものを与えられた気がしてならない。この歳になって・・・・ありがたいことだ。
毎年12月23日には先生の教え子達が集まる「杉の子会」がある。今年はもうすぐである。先生に会えること、皆に会えることをとても楽しみにしている。