初等学部の理事長で、幼稚園の園長でもある港先生の熱い想い

2017年6月の記事一覧

色々あった

毎日が色々なことがある。幼稚園に行けば一人一人の躍動した人生の『今』があるし、学校へ来れば、小中学生と言う年齢差の大きな仲間たちがいる。この子たちが日々織りなす風景というものは、定点観測のように子どもを見ていたら、多分そこを離れなくなってしまうだろう。今日は年中さんが初等学部へ来てオアシスへ入っていった。隣のクジラ川にも入ってカヤックに乗っていった。キャーキャーととても楽しそうであった。楽しさというのは大人と趣を異にするからな。

 

午後3時に業者さんが来て、中学生の夏の制服になるスカートの生地を持ってきてくれた。小学生を交えて大人顔負けの真剣な顔・顔。

 

みんな一致した好みが見つかってよかった。ちょっと高校生のようなタータンチェックのスカートの柄がいいらしい。即断即決だから気合が入っている。

  

主体がスカートの中に入っているので、真剣なとてもいい顔をしている。職員室で行っているのだけれど、教師も子ども達も一つになれる瞬間でもある。女子生徒はああでもないこうでもないと沈思黙考しているときに、その後ろを通って行った男子生徒が鼻歌交じりに歌っている曲は、『モーモタロサンももたろさん』だ。楽しい子どもたちだ。

清流の魚は息苦しい

誰もが正義であるなどとは最初から思っていないし、マスコミのバカ騒ぎにもくみしようとは思わない。しかし世の中中庸な部分があって、その辺で生きて行こうと思っているが、その中庸な幅がどの辺りにあるのかよく分からない。昨今の都議会の選挙にしても、爆発的な支持をえているものが必ずしも正義ではない。むしろ政治家の正義などあてにしてはいけない。そして正義づらしたマスコミも同類である。世の中に権力や差別がある限り純粋な正義などあるはずがないのだ。私自身が正義だなどと毛頭言うつもりはないが、今は少なくともそれに近い生き方をしたいと努力している。

獣医学部の新設については、もう10年も前に申請がなされていると聞いたけれど、そうであるならば民主党時代の産物である。その民主党は官僚主導の行政国家から、政治主導にしようと大ナタを振った。政治主導というのは『総理のご威光』があって当たり前ではないか。自民党も昨今の不祥事には情けないが、民進党も軽すぎる。忖度があったとかなかったとか、この社会は忖度で成り立っているのに。

学校の授業には『道徳』と言うのがある。教科書もあって、本屋にも並んでいる。私の机の上にもそれらしき本が何冊かある。私はそれらを読んで感心しながら読んでいるが、生徒の前で『道徳』として教えるのには、自分の人間性からしてためらいがある。どこまで清く話をすればよいのか実際のところわからないのだ。恥じらいがあるのだ。それほど厚顔無恥にはなれない。自分に正直でなければ、どんなに立派なことを言っても子どもたちには伝わらないからだ。

明日はいよいよ制服を作っている業者さんが来て、中学女子のスカートの色を決める。すぐに決まるのかどうか分からないけれど、私と女子生徒の話で、後は誰にも相談していない。『チェックがいい』とか『水色が入っていた方が涼しいよね』とか話をしている。彼女たちは自分でお金を払うわけではないから発想に縛られない。後で悲しませることがないようによく考えて、小学生女子もみんなで納得のいくようにしたいものだ。一応小学生女子にも相談したと言っているけれど。

初等学部のアイドル

国民的なアイドル改め、青葉台的アイドルが今日初めて幼稚園に行って自分たちのダンスをお披露目した。オファがあったわけではない。こちらから押しかけたわけだけれども、その人気ぶりを見て戴きたい。

 

まあ揃ってないところも子どもたちのダンスとしては魅力的だ。

 

カッコよく決めているところ。ここで拍手喝さいが起こる。幼稚園の年長の子どもたちとともに踊り始めたところ。一つになってとても躍動的だ。

 

保護者の方も観に来て戴いた。観る方も踊る方もみんな真剣。帰りには青葉台のアイドルを見送る幼稚園児たち。いつまでも続く。

 

今日は午前中までに二つの公演。ここは第二幼稚園だ。オファがなくても売れっ子は大忙しだ。かつて『スイミー』で人気をはくした舞台である。

 

幼稚園のこどもたちの真剣な眼差しと動作を見てください。

 

ちびっこアイドルたちにちびっこファンが群がる。丁寧に一人ひとりと握手して、お別れの言葉を投げかけている。右側は無事に公演を終えて学校へ帰ってきたアイドルとマネージャーと運転手。

お泊まり会導入

『園長先生はみんなに何を話に来ましたか』と言うと、あおば台では『リヤカー祭りは楽しかったか?じゃない』と言っていた。『お泊まり会の話』と即座に応えたのは第二幼稚園の子だ。どちらの子にしても幼稚園の生活が日常的に一杯詰まっている話だ。心配なことを聞いてみると『ママに会いたくなったらどうするの』というのが多く、『パパに会えなくなるのがさびしい』というのは皆無だ。普段からの母親との密着度がよくあらわれている。会いたくなったらどうするのかという質問の答えとして、『布団の中でママー!と叫んで泣く』と言い、それでは練習をしてみるかというと、だれも乗ってはこない。

お泊まり会というのは子どもたちにとっては一大イベントであって、わくわくもするけれどハラハラドキドキもする。保護者と離れるときには、数は少ないけれどめそめそもする。いろんな感慨が交錯するけれども、始まってしまえば動揺などはどこかに吹っ飛んでしまって、仲間とともに与えられた仕事をしなければならない。飯盒でご飯を炊くのには技が必要だし、レストラン係は創造力が必要だ。それぞれに決まった仲間で助け合いながら一日を過ごす。だからあくる日には自分自身を大きく成長したと感じられる。また保育者がファイヤーストームを盛り上げるのも楽しい。

豊田真由子議員という女性には驚いた。桜蔭女子高校を出て東大へ、そして厚生省のキャリア官僚となりハーバード大学院を出た。俗っぽく言ってみれば、これ以上ない経歴の持ち主ではないか。二児の母親でもある。政治家となりこれまでは順風満帆であったろうに、秘書に暴行を加えてその時の会話が記録されていたので、逃げ道はない。せっかくの経歴も誰も救ってはくれないだろう。何かあるときにはどちらかが一方的に悪いということはないだろうが、このように社会的に重い役割を持っている方がとことん痛めつけられるものだ。この人どのように育てられたのだろうか。

昨日水戸のプラザホテルで橋本昌知事の支援団体代表者会議に行ってきた。20日の日は幼稚園団体の集まりをしたばかりで、いささか疲れ気味であった。広い会場に多くの立ち見のような人もいた。ある程度の選挙の勢力を推し量ることは出来るけれど、まったくそれが外れることがあるから気を引き締めなければならない。あのホテルに詰めるだけ詰めても、投票者数には追い付かないから。壇上での挨拶は自民党批判が相次いで行われた。少し気分が悪くなって外へ出てきれいな空気を吸いに行った。

可愛さ

比較したり比べたりして優越をつけるのは良くないので、比較対象としての比べものではないということを断っておきながら書きたい。幼稚園のすぐ隣に出来た保育所は建物はほぼ完成して、後は建築検査を待つばかりとなった。保育所は0歳児から入れるようにと言うことを言われているが、0歳児は扱いが難しく私には自信がないので、1歳児と2歳児の安全な遊び場として提供したい。0歳児を持つ保護者の皆さんは1歳になるまで自分の懐の中で大切に育ててほしい。その方が子どもにとって幸せだ。

1歳になっても歩けない子がいるが青葉台の保育所は歩けるようになってから預かることになる。家の中で一杯はいはいをして、足腰を強くしてしっかりと歩けるようになってから保育所や幼稚園の仲間たちと遊んだほうがよい。その方が自分の足で遊べる子にとっても、これから自分の足で遊ぶ子にとっても負担がなく、楽しみも増えるはずだ。幼稚園には満3歳児と言うのがいる。3歳児見習いと言うところだけれども、これがまたわけがわからないけれども可愛い。この頃の子は顔のパーツが中央に集まっているベビーシェマと言って子犬のように可愛いものだ。

可愛さには無邪気な可愛さと、少し知恵を付けて人間になりきれない成長過程での可愛さと、大人になって性格の可愛さと言うのがある。まあ何でも可愛ければいいのだけれど、男子を形容するのにはどのようなものがあるのだろうか。可愛い女の子のことばかりだと男子諸君に失礼であろう。しばらく時間をもらって考えよう。ちょっと考えてみると、男子は意気がよくて間が抜けているようなのが後から何とかなりそうな気がする。なんて言っても人に好かれたほうがよい。今日は今から水戸へ行く。