初等学部の理事長で、幼稚園の園長でもある港先生の熱い想い

2015年10月の記事一覧

学業の進度

初等学部の子たちは、自ら進んで学習する内発的な土壌を持っている。また自らやろうとしなければ、どれだけ素晴らしい教師をつけても成績は上がらないだろう。私が校長になってから学習方法のスタンスは変わってはいない。理詰めで、ドリル漬けの学習方法は一度もとったことはないし、強力なやらせの方法もとったことはない。だからどのような子にも無理はないので、子どもたちは伸び伸びとしている。しかし進度を気にする保護者もおられることは存じ上げている。でもよく考えてみてください。そんな子が並木や茗渓や江戸川に合格するのでしょうか。ねじり鉢巻きをさせてむきになってやらせたことなど一度もないのだ。

勿論文科省から戴く教科書の他の教材も使っているけれども、わが校は最初に入学して来る時にお話したように、2年生までは宿題も出さないし、幼稚園の年長さんの延長のように考えていて、まずは仲間と関わり方を学ぶことが重要であると考えている。だから他の学校と比べて見るとかなり遅いのではないかと思われる保護者もいるかもしれませんが、ゆっくりと内在されたものが噴き出してくるのは時間の問題で、5年生の2学期ごろになると公立の学校よりかなり先に行ってしまう。これがよいなどとは思っていませんが、普通にやっていても年間時数が多いので与えられた教科書は終わってしまうのが実情です。

私は幼児教育と同じように、学校教育もプロにならなければならないと決心して、多くの教育書を読み、教育の理念や、偉人伝なども読み漁り、どのような教育の方法がベストに近いのかを常に考えてきました。基本は幼児教育と同じように『子供を幸せにするために教育がある』という考え方に変わりはありません。子どもを中心に置く学校生活を目指しております。だから私は、この学校へ来ると進学指導について『何処へ行けます』などと詐欺のようなことは言った覚えはありません。そもそも勉強して難関中学校へ進めたのは、本人の努力のせいで、学校の指導力のおかげではありません。

本人の努力に惜しみない拍手を送り、より良い人生の在り方についてのアドバイスは勿論いたします。目的もなくただお金持ちになるために医者になりたいとか、弁護士になりたいなどは無意味な話で、そのために勉強するのではなく、まず言いたいのは、内発的動機が必要であり、目標を持つことが大切であると言うことです。お金はいくら自分の蔵にため込んでも、生活に必要以外のお金は外にまいてこそ役に立つというものだ。ためるより何に使うかを考えられるようになった方が、将来性はあると確信している。お金があったら何に使うか、こんな話し合いも面白いのではないか。

学校というところ

小学校も高学年になってくると、『何故勉強をしなければならないの』という素朴な疑問を抱くようになる。何のために学校があるのという疑問に大人が答えるのと同じだと思う。何故山に登るのかとの答えのようでは納得させることは難しい。明治維新後しかも1872年という維新後間もなく学制が公布されて、なぜ至急に学校を作る必要があったのか。それは維新政府が欧州使節団(岩倉使節団)を出して、先進国を視察して外国列強国の産業や軍隊を見て回って、驚愕の体で帰ってきたことに由来している。

まず産業復興ということよりも、強い軍隊を作らねばならないということが頭にあったようだ。それは奴隷や植民地を見て回ったことで、やがて日本もこうなるのではないかという恐れから、近代兵器を整えその仕様書を同じように理解して使えるようにするために、その伝達方法として教育があったのだ。だから個人の興味を満足させるために教育があったのではなく、教育はすべて国家に帰属するものであった。その当時国外留学をした多くの学士は、国家の威信をかけて勉学に励んだ。だから慣れない生活にも侍魂を発揮して歯を食いしばって頑張ったらしい。

富国強兵政策とは当時の国家には必要であったのだ。その教育理念が現在でも生きていることが、少しずつだが改められようとしている。1900年に4年生の尋常小学校が施行されてから1世紀を過ぎたにもかかわらず、いまだに受験感覚が、富国強兵時代と同じかあるいはそれ以上に熱くなっているような、学校のまたは社会の体制がこれも欧米並みに、自由な学びを奨励できるようにとされている。2020年から現在の受験体制をガラッと変えるようだ。東大の総長と前文部科学大臣が言うのだから間違いがないだろう。人間を苦しめる様な受験ではなく、希望に満ちた大学制度にしなければならないだろう。

日々の学習が、自分自身を磨いていくのだということに気がつくような、学校の在り方が子どもたちを救っていくことになるだろう。もっと言うならば、学習によって自分に磨きがかかったというような、検証可能なことが学校生活の中にあるということが必要だろう。学習することは大切なことだ。しかし学校で起こるペーパー試験で常に満点をとったと仮定しても、それだけではその人の全人格的なものに磨きがかかったとはいえないだろう。薄っぺらな学校の教科書を丸暗記したところで、それがその子の幸せへの最短距離であるとは到底思えない。そのようなことを、ぜひとも共通の理解として保護者と共有したいというのが、私の切なる願いであります。

また学校や幼稚園というところは、不特定多数のご家庭のお子様が来られるところで、家庭での子育て観も子ども観も違うでしょうし、なかなか一つにまとまってというのは難しいものです。何か子ども同士でいざこざがあったり小競り合いがあったりしますと、『うちの子は悪くない』と保護者は主張したくなります。それは間違っておりません。悪くはありません。しかし同時に相手の子も悪い子ではありません。子どもたちの間で起きたことについては、大人たちがもっと寛容に長い目で見ていただけますと、子どもの世界はもっと広がるのではないかと思います。

修学旅行 京都

かつては年に一回は京都へ行ったことがある。青年会議所現役のころだ。30年前にもなる。その間幼稚園の集まりで行ったことがあるくらいだ。グアム旅行のときだって一泊して帰ってきたのに国内旅行で行けないことはない。
      
銀閣というところへ泊ったが、修学旅行用の宿であった。上は夜の食事である。
      
食事前と食事中である。牛肉と海老フライを交換して食べていた人もいた。
      
なぜか食が進まないのでどうしたのかと聞いてみたら、途中で何かうまいものを食べてきたらしい。それでも夕食はお腹が張るほど食べたようだ。
      
京都は『ニシンそば』を食べないと、ということで京都駅の中に入りそばを食べるが、お腹がきついということで4人で一つを食べたグループと一人一つを食べたグループに分かれた。駅の階段のイルミネーションがきれいだった。
      
京都駅前で夜の散策である。引率の教師も子どもたちに同化しているようだった。
      
あくる日の朝食、私を待って制服に着替え正座していた。可愛いものだ。
      
第2日目の始まりの朝。旅館『銀閣』を後にして次の目的地へ行くために勢ぞろいをした。子どもたちは全く疲れを知らない。
      
京都駅について、それぞれに切符を渡している引率者。残念ながら私はここで子どもたちと別れて、楽しい思い出をと願いながら後ろ髪をひかれながら一路学校へ向かった。何とも忙しい日であった。

大切にしなければならないもの

ペスタロッチに感化されたフレーベルは世界で初めて幼稚園を作った。その名は『キンダ‐ガーデン』である。子どもたちの庭とも、花園とも訳されている。その前にも幼児施設というのはあったらしいけれども、フレーベルの功績が大きく、幼稚園はその時に名付けられたままの『キンダーガーデン』と言っている。『花園』といった昔の人に心から敬意を表したい。幼稚園が肥沃な土壌でなければならないことを示唆しているのではないか。幼稚園もそうであるけれども、子ども自体が肥沃な土壌である。何をそこに植えようとしているのか、それは大人の責任である。

それは幼児期だけではない。児童期の前期、8歳9歳といったころまでそれは大切なことではないかと私は確信している。その発達は他者批判や他者評価が芽生えてきて、自己評価もできるという発達が確立されるころまで、その土壌は特に大切にされなければならないと思う。そのように育てられた子は、自尊心も高く、物事に前向きであって主体がしっかりと息づいている。小学校3年生か4年生だ。この頃の学習の成績にはあまり神経質になる必要はない。どのような人との関わりをしているのかということを見るようにして、いつも仲間のことの話をし笑い顔が出ていれば心配はない。あとは内燃機関が働いて自走するようになる。

早期知的教育の話が出ていて、議論をしていると賛成派は『できないよりできた方がいいでしょ』ということになる。そして極めつけは大脳生理学を持ってきて、脳の働きが一番盛んなのはこの時期であるというようなことを言う。このような根拠があるということを言われると、大体の人は反論できなくなってしまう。ニューロンとかシナプスの話をされても奥様達には理解できる人はそれほど多くはないだろうから、これに参ってしまう。

確かに脳の働きの曲線を見てみると2歳からグーンと上がってきて7歳から8歳までがピ-クになっているけれども、そのまま何年も続くけれども人によっては下降曲線になる人もいるし、上昇曲線にもなる。能の使い方には使えば使うほどよくなるという説もある。しかも2歳からの上昇曲線は、私が思うのにはドリルをやらせたり学校のまねごとをさせるために上昇するのではなく、これから生きていくためのスキルを学んでいくといったものであるのではないかと思っている。何よりも人間としての感性を磨かなくてはならないだろう。『感じる力』を素晴らしい土壌に植え付けることが何よりも大切だ。小学校低学年も同じことだ。これから京都へ行ってくる。

脱穀

今日は第二幼稚園で3歳児に運動会があった。私はいつものように、ごく普通の顔をしていても保護者の前に出るときには『もっとにこやかに』とか言われる。これは女房だけに言われるなら無視もできるが、最近では私の顔に慣れてきたのか、保育者までもが『もっと笑って』とかいうようになった。しかし今日は朝からそんなことを言う保育者はだれもいなかったし、女房も終始ニコニコ顔でああった。それはそうだろう。あの子たちの笑顔を見て『ブスッ!』としている大人はそうはいない。子どもの顔もそうだけれども、ご両親の顔も素晴らしかった。

みんなの顔がこぼれそうな笑顔で、至福を感じるひと時であった。それはそれでよかったけれども、昨日の初等学部の脱穀で、ずっと立ちつくしてやっていたもので、腰や足の筋肉が硬直してしまったのか痛くて仕方がなかった。やっているときには無理してやっているなどの意識は全くなくて、ちょっと疲れてきたら教師に代わるというようにしていたけれども、朝起きるときには這う様にして起きた。年寄りの痛みは、すぐにやってこないから用心しないと大変なことになる。それにしても初等学部の教諭たちと投光器を点けながらの脱穀だったけれども、よくやるなと思う。経験があるのは私と事務長だけなのに頑張った一日だった。


今の子どもたちは毎日白いご飯を食べているけれども、田植えをして稲穂が実ったあとのことは殆ど知らないと思う。籾摺りや玄米を白米にする精米などのことは知らない子の方が多いだろう。知らなくても現在の大学受験にはあまり関係がないかもしれないが、実はこれからの受験はそうはいかなくなるのではないかと思う。田植えから白米になるまでの過程を知っているということではなくて、その過程で起こる自分の心の動きが様々な科学の芽を育てることになるのだ。受験のためのドリルをいくら消化したところで、総合的な体験的学習には遠く及ばない。