初等学部の理事長で、幼稚園の園長でもある港先生の熱い想い

理事長・園長のちょっと言わせて

幸せの追求

『幸せの価値観』は子ども達にもある。大人のように色々と理屈を述べたりはしないけれども、体で感じているものがある。それは何かというと、『楽しさ』『嬉しさ』である。だから幼児期はご両親と一緒にいるときが幸せなのだ。そうして『幸せの原点』ともいうべき生活を続けていくうちに、幸せを感じられるようになる。そういったことによって、主体的で豊かで、意欲的な生活ができるようになるのだ。だから『嬉しい』『楽しい』幼稚園や学校生活を送らなければならない。それ以外は取るに足らない小さな事柄だ。

何故そう言えるのか。そんな質問が飛びこんできそうだ。良く考えてみるが良い。『嬉しがる』『楽しがる』状態にするにはどうしたら良いのか。そこにはおのずと約束事や、秩序というものが存在するはずだ。そういったことを主体的に議論し、自分たちの生活を作っていく。やらせられてその日を過ごすのではなく、能動的に自分を生きることだ。それは、幼稚園生活でも小学校生活でも、そのように生きられることは可能である。本来子ども達は知識欲に飢えているから、意欲的な生活が保障されれば学習意欲も増大する。

お金の量が幸せを決定すると思ったら、それは空しい。経済的豊かさは幸せを測る物差しではない。ただ手段にはなりうるけれども、使い方を間違えれば奈落の底に突き落とされることになる。まったく幸せとは真逆の境涯となることは周知の事実だ。幸せの価値だのと、幸せをふんだんに使って書いているけれど、実際問題として幸せを追求して毎日を過ごしている人はいないだろう。幸せは求めるものではないのであって、真実を生きる者についてくるものだ。鉛筆一本で喜び、幸せに浸る子どももいるのだ。

私の頭の中で幸せとは何だとイメージしてみると、自分の力で決めた目標を持ち、その目標に自分が着実に進んでいるという実感を持ち、希望に満ちて次のステップに踏み出そうとしている状況などは、まさに幸せだろう。与えられる物によって幸せを感じるのは、ほんの一瞬である。そんなもので子どもの心を釣り上げては、程度の低い子どもに育っていく。そのような子どもは、いじめの格好の的にもなる。

久遠返せばⅢ

人生には節目節目があって、青春時代と同じようにその時はその状況がわからない。いつでも振り返って、通り過ぎ去ってから思うものである。まだまだ人生が終わりに近づいているとは思わないけれど、振り返ってみれば、あの時にこうすれば良かったとか、馬鹿なことをしたものだと言うことが次々と思い返す。その反対に、これはうまくいったとかいう成功事例というものが思い出せない。失敗例は山ほどあるから、思い起こせば赤面のしっぱなしになる。しかし、人生なんてこんなものだなどと、解ったようなことは言いたくない。

長らく書いてきたけれど、結局何が言いたかったのかというと、有形無形に私を支えてくれた人たちに何かで感謝したいという気持ちの表れである。感謝はしているけれど、それに報いるお返しができないと言うのがはがいいものだ。多分生涯お返しができないというものが多々ある。

経済的に苦しくなったときに、死んだ方がよっぽど楽だと瞬間頭の中をよぎったことがあった。それではあまりにも無責任だと思い、まずは高額な生命保険に入ることにしたけれども、それでもまだ足りない。そこまで来たら当って砕けろ!っだ。そしてある先輩のところへ当ってみた。ところが当たっても砕けずに事が運んでしまった。命拾いをした。それはまだ第二幼稚園設立の前の話だ。そんなところへ第二幼稚園設立の許可が出たものだから、大変なことになってしまった。

第二幼稚園の設立申請を、3年間連続して提出したけれども許可が下りないので、半ばあきらめて、設立資金を流用し、あおば台幼稚園を鉄筋で新築してしまった。それで、手持ち資金が全く底をついてしまっていた。学校法人立幼稚園を新設する時には、銀行借り入れはできない。勿論小学校も学校法人の名のある学校は、借金では建てられないようになっている。個人の資産を寄付しなければ設立できないようになっているので、財産のない私には不可能である。苦しみもがいていた時代だ。

何かをやろうと決心した時が節目である。初等学部の子は中学受験をしようと決心した時が節目である。人生の節目と発達の節目は違う。発達で言えば、3歳・4歳・5歳という発達の差は毎年訪れてそれぞれが節目である。そして小学校では3年生と4年生という発達の節目がある。人生の節目を今子どもたちが越えようとしているのだから、私が支えられてきたように私は全力で子ども達を支えていく。何かを越えようとしているのだ時から、泣き言は一切漏らしてはならない。泣きごとに手を貸してもならない。

始まった!

初等学部の新学期が始まった。それぞれの顔を早く見たかったが、思った通りはちきれんばかりのエネルギーを蓄えた顔が勢ぞろいした。クラス担任の紹介をし、新しくなるファミリアの仲間を決めて、新しい1年生をどのように迎えるかをみんなで考えているようだった。私たち年寄りと違って、この時代の1年と言うのは歓びに比例して大きなものである。許されることも増えてくるけれど、果さなければならない義務や使命もあるはずだ。自分を振り返りながら着実に前に進んでいこう。

それにしても、何ときれいな顔をした子どもたちだろうか。男の子は見るように見ればりりしくもあるし、坊ちゃんとしているようにも見える。知的で聡明な雰囲気は男女ともにある。このような雰囲気を壊さないで、自由に大きく羽ばたいていってほしい。それにはまず、何よりも冒険を沢山しなければならない。冒険は何も未知の探検ばかりではない。例えば、創造的なものを創作したり、多くのものに挑戦し、失敗を重ねることが必要だろう。

とにかく今日は、元気な笑顔が見れてそれだけで満足。

新学期

いよいよ新学期が始まる。明日からは初等学部で、次の日からは幼稚園が始まる。初等学部も幼稚園も万全の用意をして子ども達を待っている。皆それぞれに進級して、一年大きくなって新しい自分の立場に挑戦していくことになる。喜びと不安と期待に満ちた初日になるだろう。そんな心の中を大切にして、私たちが彼らの重要かつ素晴らしいサポーターであることを自覚して、ともに楽しい生活を作っていってあげたい。春休みの間、先生たちはずいぶん忙しく動いていたようだったけれど、私には長かった。

この期間を利用して、グアムのセントジョンスクールに行き、昨年の6年生がお世話になったお礼をしてきた。それに来年度のお願いを含めてきたのだが、快く承知をして頂いた。このように書いていると、なかなか外国語も達者に聞こえるけれども、実は、私の言いたいことを単語を連ねて話して、後は聞いているだけのこと。聞いているけれども相手が何を話しているのかは全く理解できない。時々分かる単語が出てくると、ニコニコして頷く。これだけのことだけれども、交渉は100パーセントうまくいっている。

終始ニコニコしていたのが良かったのかもしれないが、ああいう場合はそうするしか他に手段がなかった。一緒に食事もしましたが、例のごとくビーフ定食見たいのを頼んだけれども、ケリー先生のと私のとが違う。同じものを頼んだつもりだったのに、指を指したところが一段違っていたようだ。少し残念だったけれどもそれでもニコニコして、何だかわからない話にも時々頷く。そんな光景を、私のことを分かっていて誰かがビデオにでもとっていたら、全くの笑い話だ。来年泊まるホテルはここがいいと、そこへ案内してくれたがなかなか立派なところで、そこは少し無理かなと思う。

斎藤隆氏が現代語訳に直した「学問のすすめ」を全部読み終わった。福沢諭吉には興味があったので、抵抗もなくすらすらと読むことができた。さすがに一万円の肖像になるだけのことはあると、つくづく思う。あの当時には国家を憂うものが山ほどいたろうに、私心なく大局的に見通す眼力のある人間はそれほどいなかった。諭吉は、なるほど聖徳太子と肩を並べるだけの凄い人物である。慶應義塾も大変な苦労をなさって立ち上げたけれども、経営に行き詰まり、ときには呆然としたこともあったらしい。私なんぞはまだまだヒヨコだ。

初等学部の終業日

幼稚園と同じように昨日終業日だった。2年生の男女一人ずつ私の処へ挨拶に来た。2年生の代表と言うのではなく、全くの個人的だと思うが、「1年間ありがとうございました」「また4月からお願いします」と礼儀正しく礼をして帰って行った。終業日なので、全校生徒の前で「礼儀と言うのはその人の人格を示すものだ」と言う話をしたのだが、そのせいではなく、いつもきちんとした挨拶のできる子である。

担任に話を聞くと、どの子も帰りの時にかばんをしょいながら「先生ありがとうございました」と言って行ったらしい。素晴らしい子どもたちだ。同じ子どもたちだが、一方では台車を使って遊んでいて、思い切り壁にぶつけてしまい壁に穴をあけてしまった。神妙な顔をして職員室まで謝りにきた。なかなか潔い。「ごめんなさい」「本当にごめんなさい」「もうやりません」と謝りながら泣き出してしまった。「これは直せない」と言ったことで事の重大さに気がついたようだ。

それで何度も泣きながら謝っていたのだ。しかしふと思ったことだが、子ども達の謝り方は今も昔も変わらないようだ。私自身を思い出して「よく言ってきた」と頭をなでて返してあげた。そこでまた思い出したのだが、謝ったってまたすぐに忘れてしまうんだと。しかしこんな子がやるようになったんだと思うと、学校の子どもたちの社会は全く伸びやかなんだなと思う。

幼稚園では大掃除が始まった。それが終わると指導要録の清書がある。そして3学期総括の研修資料の印刷と、なかなか今学期が終わりそうもない。新学期の用意は4月に入ってからになるだろう。毎年この繰り返しだけど、気を抜かずに頑張ってほしい。初等学部は3月いっぱいはスプリングスクールがあって、新年度の用意はまさに新年度になってから、頑張ってやる。みんな気合が入っていて楽しい。